
医療現場における実践ポイント
患者から相談されたら、どのように対応すればよいでしょうか?医療従事者が補完代替療法に関する患者相談を受ける際に、根拠(エビデンス)や安全性を踏まえて適切に対応できるよう、コミュニケーションのポイントを整理しています。医療従事者内で共通認識を持ち、連携して患者をサポートするための心構えを紹介しています。
「統合医療」は多種多様であり、かつ玉石混淆とされています。また、現時点では、全体として科学的知見が十分に得られているとは言えず、患者・国民に十分浸透しているとは言い難い状況です。
厚生労働省は、統合医療を「近代西洋医学を前提として、これに相補(補完)・代替療法や伝統医学等を組み合わせてさらにQOL(Quality of Life:生活の質)を向上させる医療であり、医師主導で行うものであって、場合により多職種が協働して行うもの」と位置付けています。また、近代西洋医学と組み合わせる療法(補完代替療法)を下図のように整理しています。
医療現場におけるコミュニケーションは、患者の治療満足度や治療結果に大きな影響を与えます。しかし、医療者が意図せずに取ってしまう一般的な対応方法には、患者との信頼関係を損なうリスクが伴います。医療者が陥りがちな三つのコミュニケーションの問題点について詳述し、これらを回避するための適切な対応方法を紹介します。
強い立場にある者が弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意思は問わずに介入・干渉・支援するパターナリズムに基づく対応になります。
患者の提案や希望を、その背景や理由を理解しようとせず一方的に否定する態度です。例えば、患者が健康食品の利用を希望した際に「ダメ、絶対に使ってはいけません!」と否定することが該当します。患者は医師から強い言葉で否定され、利用を思いとどまる可能性はあるかもしれません。しかし、患者の利益(好み・価値観)を一方的に決めつけてしまっていることはないでしょうか?また、補完代替療法=悪い事とのイメージが患者に植え付けられてしまうと、医師に相談なく黙って利用してしまう恐れもあります。場合によっては、補完代替療法を利用した患者は自分自身も否定されたと感じてしまうことにもつながりかねません。
否定する理由の説明もないため、患者の不信感や不安を増大させる可能性があります。まずは患者の希望や言い分を聞く姿勢が必要です。
パターナリズム的な対応は、患者の自主性を軽視し、隠れて補完代替療法を利用したり、相談を躊躇させたりする危険性があります。患者が安心して医療者に相談できる環境を整えるためにも、全面否定は避けるべきです。
患者の希望を無批判に受け入れる態度です。あるいは無関心とも言えるかもしれません。例えば、「健康食品を使ってみたいなら、どうぞご自由にお使い下さい」と、医療者が特に意見を述べずに意思決定を患者に丸投げする態度が該当します。
インフォームドコンセントにおける患者の自己決定権を重視する余り、「決めるのは患者であり、医師が決めてはいけない」と思い込んでいませんか。「パターナリズムからの反省」と言えば聞こえはいいですが、行き過ぎた患者の自己責任論が医師の無責任につながっていないか注意が必要です。インフォームドコンセントは医師と患者の協働作業であることを忘れないようにしましょう。
医療者は、自己決定権を尊重しつつも、インフォームドコンセントの原則に基づき、患者に対して補完代替療法の利点と欠点について十分な情報を提供する必要があります。無責任な許可は避け、協働的な意思決定を促す姿勢が求められます。
「健康食品に関心を持つのは、患者に医学の知識が欠如しているからだ」「患者に正確な医療情報を提供すれば『健康食品を使いたい』などとは言わないはず」といった情報欠如モデルに基づく対応です。
医師が自身の見解を押し付けるパターナリズムとは異なり、患者の持つ治療に関する医学的知識や判断力が乏しいと過小評価してしまうことによって行われるコミュニケーションです。標準治療を一方的に提示するだけで、患者の価値観や社会的資源に十分な配慮をしなかった結果、他の治療選択肢を検討する余地を狭めてしまうかもしれません。また、患者の自主性を軽視する問題もあります。
なお、サイエンス・コミュニケーションにおいて、単純な情報欠如モデルでは科学受容の促進には至らないことが知られています(※情報提供そのものの重要性を否定しているわけではありません)。
医療者は、標準治療の利点を説明する際にも、患者が十分な知識や判断力を有しているという前提に立ち、他の治療選択肢についても公平な情報提供を行うことが重要です。医師の意見を無条件に押し付けるのではなく、対話を通じて患者の自主性を尊重し、患者が自ら最適な治療法を選択できるよう支援する姿勢が求められます。
患者の意思決定能力を適切に評価し尊重するためには、以下の3つの原則を理解し、実践することが重要です。
「Why」と「How」を理解する重要性
「Why」とは、患者が特定の治療法や補完代替療法を選択する理由や動機のことです。これを理解することで、患者の価値観や信念、期待を把握し、その患者にあった医療を提供することが可能になります。
「How」とは、患者が抱える不安や悩みを解決するためにどのような方法を選択しているか、具体的なアプローチのことです。これを理解することで、患者のニーズに合った支援や情報提供ができます。
例えば、患者が健康食品の利用を希望するような場合、その理由(Why)と方法(How)を理解することが必要です。
患者に対して以下のような質問を投げかけることで、「Why」と「How」を引き出します。
補完代替療法に関心を持つ患者とのコミュニケーションにおいて、利用にあたって問題がないか、すでに問題を抱えていないか、以下の点を確認します。
1) Johnson SB, et al. JAMA Oncology 2018;4(10):1375-1381. [PMID: 30027204]
患者とのコミュニケーションを円滑に進めるためには、以下のコツを押さえることが効果的です。
傾聴とは、患者の話を真剣に聴き、理解しようとする姿勢です。患者の抱える不安や悩みをしっかりと受け止めることで、信頼関係を築くことができます。
患者と一緒に問題解決に取り組む姿勢を示すことで、患者の自主性を尊重し、積極的な参加を促します。
患者が希望する補完代替療法について、科学的な視点からその有効性や安全性を検討します。これにより、患者に正確な情報を提供し、適切な判断を支援します。
患者が医療者に求めているのは、以下の点であることが多いです。
患者は一方的な説得よりも、自身の意思で納得して選択できることを重視します。
これらのポイントを踏まえ、情報提供だけでなく、患者の感情面にも配慮することが重要です。患者の不安に寄り添い、ともに解決策を探りながら、科学的な視点も保つというバランスの取れたアプローチを心がけましょう。
2) Abe M, et al. J Gynecol Oncol. 2025;36:e47. [PMID: 39576000]
本冊子では、補完代替療法に関する患者相談への対応について、基本的な姿勢から具体的なコミュニケーション方法に至るまで、実践的な内容を紹介してきました。患者の価値観や自己決定権を尊重しながら、根拠(エビデンス)に基づいた正確な情報を提供することが、信頼関係の構築と治療効果の向上につながります。
また、インターネットやSNSでの情報氾濫の中、医療者自身が最新の知識と多角的な視点を持ち、患者と共に最適な治療法を模索する姿勢が求められています。本冊子が、日々の診療現場で柔軟に活用され、より良い医療提供へと寄与することを期待しています。
皆様が本冊子を活用し、患者との信頼に基づいたコミュニケーションを築かれることを心より願っています。
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公開日:2025年9月26日